TwinTrip
2003年10月03日
催眠
これから久しぶりに由香に会う。
由香は中学・高校の同級生。
卒業してからもう12年経つ。
早いなぁ。
予定ではもう結婚してるはずだったのに。

まあ結婚なんてしてたら
大好きなニューヨークにも行けないし
あせってる訳じゃないんだけどね。


あの頃の私達はいつも一緒にいた。

一緒にいたと言うのにはちょっと語弊があるかしら。
だって私は別に一緒にいなくても良かったから。
彼女が勝手について来てただけ。
私よりもルックスだってスタイルだって劣ってる。
いつだって私に置いていかれないように走ってた。

私が結婚してないんだから彼女なんて彼氏もいないハズ。
もし幸せな結婚生活送ってたら・・・ありえないわね。


青山なんて久しぶり。
真新しいジャガーが目の前を通り過ぎる。
ハンドルを握っている男の顔立ちに見とれる。
隣に乗ってるサングラスをかけた女も洗練されている。

雑誌で調べたオープンカフェに着く。
由香はまだ来てない。
あんまり来ない場所だからきっと迷ってるのね。
私は忍び笑いを漏らした。

と、その時。
さっきのジャガーの女が入ってきた。
店内の客がみんな二人を見る。
当然よね。
女が私の方へと歩いてくる。

え?
もしかして・・・?

「久しぶり。」
「由香・・・?」
「そうよ。恵子、なんだかやつれてるわね。うふふ」
「さっきの男の人は・・・」
「あぁ。主人よ。去年結婚したの。」
「結婚・・・」
「そう。西麻布に住んでるから遊びに来てね」
「ニシアザブ・・・」
「良かったら今度・・・・」

そこから彼女の言う事はまったく聞こえなかった。


こんなはずじゃない。
こんなはずじゃない。
こんなはずじゃない。
こんなはずじゃない。
こんなはずじゃない。


『そのとき、知らないあなたがでてくる』
− ユウジ -
催眠
先生、
私はすぐにでもあの子を抱きしめてやらないといけないんです。
私が味わった親に愛されないという苦痛をあの子にさせる訳にはいかないんです。
あの子は今、すっかり情緒が不安定で夜中に夢遊病のように起きだしたと思ったら
突然、幽霊でも見たように泣き叫んだり。このままじゃ壊れてしまいます。
心療内科に連れて行ったら、母親との関係に問題があると。
私があの子をしっかり愛していないのが問題だと言われました。
私だってあの子をしっかりと愛して抱きしめてやりたいんです。
でも出来ない。

だって先生、
私は親に愛された事がないんですもの。愛された記憶は一度もありません。
愛されたことも無いのに、どうやって愛せばいいんですか?だって、そうでしょ?
もらった事がないものは、持っていないもの。
持っていないものを人にあげるなんて、できません。
私が幼い頃、母は今の義父と再婚しました。
実の父の記憶はありません。
義父は実の父によく似た私を嫌っていました。お前は醜い、と言われつづけて育ちました。
母が義父に疎まれている私を助けてくれたことは一度もありません。
母は自分まで義父に疎まれるのを恐れたのでしょう。

実の父と別れたのは夏の終わり
秋の始まるちょうど今頃の時期だったとおぼろげながら憶えています。
だから私は秋の始まりがキライなんです。
ちょうど今ごろ、金木犀の香りがしてくるこの時期は
ずっと偏頭痛に悩まされるんです。

「別れたお父さんはあなたのことを愛してくれていたんじゃないですか?
 あなたが憶えていないだけで。」

いいえ先生、
父は私を捨てたんだと思います。別れてから一度も連絡は無いし。
それに、父と一緒に過ごしたころの私は幼すぎて。
憶えていなければ意味がないわ。

「それでは催眠療法を初めてみましょうか
 あなたの幼い記憶を辿ってみましょう。
 幼い頃のあなたに会ってみましょうね。」

本当にこんな事に意味があるんでしょうか?
私は、今、自分の子供に向き合わなくてはいけないのに?

「そうですね。
 でも、あなたが幼い頃のあなたに出会う事はとても意味があると思いますよ。
 私はこう思うんです。」

『そのとき、知らないあなたがでてくる。』

・・・

「何が見えますか?感じたままを話してください。」

甘い匂いがします。
金木犀の香り。
手を繋いで歩いています。
父と
母と
木々の繁る道を
甘い香りがひときわ強くりました
父と母は
私を金木犀の木の下に立たせると少し離れて
父が二、三歩駆け出してジャンプして
私の頭上高くにある枝を叩きました
金木犀の枝から小さな黄色い花が
私に降りそそいで
甘く爽やかな香りが辺りを包んでいます
胸がはちきれるほど嬉しくて
見上げると
若く逞しい父の笑顔
母が輝くような笑顔で
私を
見ています
あぁ
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