TwinTrip
2003年09月26日
レナードの朝
ん・・・・。
おあ・・・?

おお、すっかり寝過ごしてしもうたわい。
とっくに芝居が始まっておる。

ん?
ワシか?
ワシはこの劇場の神じゃ。
神と言ってもたいそうなもんじゃない。
舞台の袖に申し訳程度に飾られた
小さな神棚の神じゃよ。

今やってるこの芝居、
おヌシ、もう観たのか?
観てないのか。
観た方がよいぞ。
なかなかのもんじゃよ。

ほれ、見てみい。
今日も立ち見が出ておる。

「正義感溢れる消防士が自らの危険を顧みず
多数の命を救出へと向かう。しかし・・・!」
此れが広告の文句なんじゃが
これまた良く出来た話でのう。

時間が無いから結末を教えろじゃと?
なんとまあせっかちな!

ふむ、今回は特別じゃ。
結局、物語の中では消防士は行方不明のままじゃ。
おヌシはどう思う?
消防士は死んでいるか?
それとも生きているか?

ふぉふぉふぉ。
難しいのぅ。

もう一つおもしろい事を教えてやるわい。
舞台袖の奥で居眠りしているあの男。
あれがこの芝居を書いたんじゃ。
この前、ワシはあの男の背中を見たんじゃが
それはヒドイ火傷の跡じゃったよ。


「実話には本物の感動がある」

ふぉふぉふぉ。
− ユウジ -
レナードの朝
そういえば
高校の頃の教師がそんな事言ってたよ
「実話には本物の感動がある」
って。

その時も思ったな
何言ってんだこいつ
って。

スレてたわけでも拗ねてたわけでもなく
普通の感想として。

うん
実話に感動する事はあると思うよ。
本物うんぬんは
この際どうでもいいけど。
「本物の感動」なんて、
言葉としてそれだけで胡散臭い。

まあ
話しをもどすと。
実話に感動する
その感動は
意図的、無意識、両方の
それはそれはたくさんの演出を織り交ぜた
感動。

実話だからって
全てが偶然が積み重なった出来事だとは
限らないよね。
演出って言葉がイヤなら
耳に優しい「思いやり」って言葉に置き換えてもいい。

それは
良かれと思ってした小細工だったり
「こういう事だと良いなあ」という
都合の良い思い込みだったり
そういう下地があってこその
感動。

それが悪い事だとか
わざとらしいあざとい行為だとは思わない。
人の心には
感動することが必要だから。

必要な物を得るために
感動を得るために
人の心は
人の脳は
意図的にも無意識にも
たくさんの"演出"をするんだと思うよ。

それが本物?
本物とか関係あるかな?

『実話には本物の感動がある』

うん、まあ。

そう言いたい「演出」も
わかってあげるよ。
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