TwinTrip
2004年06月27日
GO
「高校・・・辞めたいんだけど・・・」

息子はそう言った。
私は答えに詰まり

「高校・・・?」

と聞き返すのがやっとだった。

「うん・・・」



この子の母である私の妻が他界して10年。
親子して最愛の人を失った。
あの日からもう10年が経ったのだ。
男同士、最愛の人を失った哀しみを
日々共有しながら生きてきた。


息子は親の私から見ても身体能力が高かった。

国内サッカーチームから複数のオファーが来ているのは
周囲が騒ぐのでなんとなく知っていた。
しかし20歳にも満たない高校生に対して
海外からオファーが来るとは夢にも思わなかった。

しかも息子のポジションはフォワードだ。
いくら体格が良く、身体能力が高いと言っても
世界で通用するかどうかはわからない。

心配になっていろいろと調べてみると
フォワードというポジションにはポストプレーなど
自分でゴールを決めなくても他の役割があるようだ・・・が・・・。



数日後、1人で妻の墓参りに行った。
そこには先客がいた。

妻の墓に水をかけて丁寧に磨きながら
一生懸命話しかけている。

この子ならやれる。
妻も生きていたらきっとそう言うだろうと思った。
私の存在に気が付いた息子に声をかける。

「海外に行くのは良い事だが父さんが決める事じゃない」

息子は頷いた。

「ただし、ポストプレーばかりじゃダメだ」

息子は首を傾げた。




「広い世界を見ろ。そして自分で決めろ」

息子はもう一度大きく頷いた。
− ユウジ -
GO
この前テレビで「GO」という映画をやっていた。
録画しておいて眠れない夜中に見た。

主人公は在日韓国人の男子高校生だった。
男の恋人の役の女がえらいきれいだった。
演技はイマイチだったけど。

主人公の男は父親に言われるんだ。

「広い世界を見ろ。そして自分で決めろ」

広い世界、
広い世界、
広い世界。

広い世界ねえ。


僕にとってはこの6畳の部屋以上に広い世界なんてない。

自分の匂いしかしないこの狭いベッドで思いを巡らせれば
僕の頭の中はどこまでも深く広い世界に繋がっているし
机の上の長方形の黒い箱とモニタとキーボードから繋がる蜘蛛の糸の中の世界は
どこまでも広い。


僕はこの世界の王様だ。


4年前からこの部屋を1歩も出ていない。
母親が運んできて廊下に置いておく食事を取る以外に部屋のドアを開けることはない。

それ以外の時にドアを開けたら
ドアの外は真っ暗な闇で、足の下には断崖絶壁なんじゃないかと
よく想像をする。
ほら、ラピュタの飛行島みたいに。
この部屋だけが世界の全てで、ただ闇に浮かんでいるんだ。






「広い世界を見ろ、そして自分で決めろ」
だって?

そうだよ。僕は自分で決めたんだ。
僕はこの世界の王様で
世界はこの6畳間の中に全てあるってね。



だからさ、
この6畳の部屋。これ以上に広い世界なんて





無いんだよ。
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